たぬきのぱんやさんにっき

おいしいこと、季節のこと、思うこと

ぱんだぬきは神奈川県厚木市でパン教室をしています。パンを焼くスーパーたぬきを目指して日々奮闘中。中でも、自己肯定感を育むこどもパン教室はライフワークです。ここでは、ぱんだぬきの日常のあれこれを飾らず書き綴りたいと思っています。
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こどもパン教室@ぱんだぬき

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三人のおばあちゃん

 

こんにちは、ぱんだぬきです。

 

 

今週のお題が「おじいちゃん・おばあちゃん」なので

ぱんだぬきの三人のおばあちゃんについて

思い出してみました。

ぱんだぬきは東京生まれです。

町工場を営む父と母と祖母と一歳年上の姉がいる家庭でした。

父は成人してから夫を亡くした祖母の養子に入った人です。

母はその嫁でした。

 

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ですから 

私には三人、おばあちゃんがいました。

三人のおばあちゃんは、

当たり前ですが其々全く違うタイプの人たちでした。

家には血のつながらないおばあちゃんがいて、

父の実家には父の母であるおばあちゃんがいて

母の実家には母の父母である祖父おばあちゃんがいる。

 

 同居のおばあちゃんは

大人数のきょうだいの末っ子で

自分は子どもがいなかったけれど

よく甥や姪の面倒を見ていたそうです。

そんな関係で、東京近郊に限らず、新潟や九州など

親戚の家によく連れて行ってくれました。

ぱんだぬきは自宅とは違う家に行くのが好きでした。

土間に囲炉裏のある家、庭の広い家、

料理の上手なお嫁さんのいる家、

怖いようなおばあさんのいる家、

同年齢の子どものいる家・・・

みなさん私たち姉妹をよくかわいがってくれました。

 

父方のおばあちゃんは、叔父の家に住んでいました。

年に一度くらいでしょうか、我が家に来るときには

いつもかごいっぱいの卵を持ってくる人でした。

おひるは毎日焼きそばなのだと聞いてびっくりした記憶があります。

ちょっと怖い感じがして、近寄れませんでした。

ほとんどかわいがってもらった記憶がありません。

 

母方のおばあちゃんは千葉の牧場の片隅に

無口なおじいちゃんと二人だけで住んでいました。

北海道でミッション系の学校を出た人で

日曜日は教会でオルガンを弾いていました。

お菓子を焼いてくれたり、

スーパーに行ったり、教会に行ったり

楽しい記憶があります。

 

おばあちゃんが三人、

それぞれ違う地方で違う文化を持って生きてきた人たち。

私たち孫への接し方も其々違っていましたし、

タイプも宗教も好きな食べ物も着ているものも違いました。

親しみやすい人も、親しみにくい人もいました。

その三人のおばあちゃんの周囲にはもっとたくさんの親戚がいて

親戚ごと(変な言い方かな?)の雰囲気がありました。

 

いろんな人がいる、いろんな文化がある、

そういうことを身近に感じられたのは

三人のおばあちゃんがいたおかげだったかもしれません。

おばあちゃんが二人だったら、

嫁姑の対立構造でしか感じられなかった事だった気がします。

核家族で親戚が減ると

いろんな文化があるって実感しにくくなりますね。

 

そんなわけでぱんだぬきは家庭の中にも異文化があり

大人はみんなそれぞれ違う「そんなの当たり前でしょ」

を持っているものだと思って育ちました。

三者三様の当たり前がありました。

自分の当たり前を通そうとすると軋轢が生まれ

弱い立場の誰かが引かねばなりません。

そういうことを幼い時から見て育ったので、

一人ひとり持っている文化や考えを尊重することが

人間関係を築く上で最も大事なことだ、と

わかってきました。

 

そうやって、思い込みの常識から解き放たれたら

生きていくことはずっと自由になるんだな、 

とつくづく思います。

 

 

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」