たぬきのぱんやさんにっき

おいしいこと、季節のこと、思うこと

神奈川県厚木市でパン教室をしています。

こどもパン教室@ぱんだぬき

自己肯定感を育むこどもパン教室がライフワークです。ぱんだぬきの日常のあれこれ、料理、ピアノ、絵本の読み聞かせなどについてを飾らず書き綴りたいと思っています。

おばあちゃんがいっぱい

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

 

こんにちは、ぱんだぬきです。

今日は敬老の日、明日は秋分の日です。

結婚したころ、お彼岸に合わせて

お米と小豆を送ってくれていた

おばあちゃん(夫の母)を思い出しながら

今年もおはぎを作って食べました。

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子どもが生まれてからはずっと

お姑さんを「おばあちゃん」と呼んでいました。

 

子どもが生まれるまでは

近くへ行ってから「あのう」と言えばよかったので

呼んだことはなかったのです。

子どもが生まれてからは「おばあちゃん」が

一番しっくりくる呼び方でした。

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最近自分が「おばあちゃん」になったぱんだぬきも

お嫁さんにもお婿さんにも

まだ呼ばれたことはないと思います。

これからは「おばあちゃん」でいいかな。

親しみを込めての「おばあちゃん」と呼んでもらえるようになるかな。

 

そんなことを思いながら自分の書いた記事を読み返して

ぱんだぬきのおばあちゃんたちについて

以前書いた記事を手直し、再掲します。

 

ぱんだぬきは東京生まれです。

町工場を営む父母と祖母と姉のいる家庭でした。

父は成人してから夫を亡くした祖母の養子に入った人です。

母はその嫁でした。

 

ですから 

私には三人、おばあちゃんがいました。

三人のおばあちゃんは、

当たり前ですが其々全く違うタイプの人たちでした。

家には血のつながらないおばあちゃんがいて、

父の実家には父の母であるおばあちゃんがいて

母の実家には母の母であるおばあちゃんがいる。

 

同居のおばあちゃんは

大人数のきょうだいの末っ子で

自分は子どもがいなかったけれど

よく甥や姪の面倒を見ていたそうです。

そんな関係で、東京近郊に限らず、新潟や九州など

親戚の家によく連れて行ってくれました。

 

ぱんだぬきは自宅とは違う家に行くのが好きでした。

土間に囲炉裏のある家、庭の広い家、

料理の上手なお嫁さんのいる家、

怖いようなおばあさんのいる家、

同年齢の子どものいる家、

大勢の親戚が集まってくる家・・・

みなさん私たち姉妹をよくかわいがってくれました。

 

 

父方のおばあちゃんは、叔父の家に住んでいました。

年に一度くらいでしょうか、我が家に来るときには

いつもかごいっぱいの卵を持ってくる人でした。

おひるは毎日焼きそばなのだと聞いてびっくりした記憶があります。

ちょっと怖い感じがして、近寄れませんでした。

ほとんどかわいがってもらった記憶がありません。

 

母方のおばあちゃんは千葉の牧場の片隅に

無口なおじいちゃんと二人だけで住んでいました。

北海道でミッション系の学校を出た人で

日曜日は教会でオルガンを弾いていました。

それほど交流が頻繁だったわけではないですが

 

ぱんだぬきが一番影響を受けたおばあちゃんです。

 

それぞれ違う地方で違う文化を持って生きてきた人たち。

私たち孫への接し方も其々違っていましたし、

タイプも宗教も好きな食べ物も着ているものも違いました。

親しみやすい人も、親しみにくい人もいました。

その三人のおばあちゃんの周囲にはもっとたくさんの親戚がいて

親戚ごと(変な言い方かな?)の雰囲気がありました。

 

その親戚の中にも、おばあちゃんがいました。

中でも、九州にいる祖母のお姉さんは

「〇畑のおばあちゃん」と呼んでいて、

特にかわいがってもらって、

大学生の時には数日泊めてもらったりもしました。

 

母方の祖母の妹さんは母と年齢が近く

おばあちゃんと呼んではいませんでしたが

時々遊びに行って、かわいがってもらいました。

都心に住んでいてお手伝いさんがいて

犬が室内で飼われていて(当時は驚きでした)

都会的で洋風な暮らしを垣間見て、

羨ましく思ったりもしていました。

 

いろんな人がいる、いろんな文化がある、

そういうことを身近に感じられたのは

沢山のおばあちゃんがいたおかげだったかもしれません。

おばあちゃんが二人だけだったら、

嫁姑の対立構造でしか感じられなかった事だった気がします。

核家族で親戚が減ると

いろんな文化があるって実感しにくくなりますね。

 

そんなわけでぱんだぬきは家庭の中にも異文化があり

大人はみんなそれぞれ違う「そんなの当たり前でしょ」

を持っているものだと思って育ちました。

三者三様の当たり前がありました。

 

自分の当たり前を通そうとすると軋轢が生まれ

弱い立場の誰かが引かねばなりません。

いつもいつも、同じ弱い人が引く事になるのです。

年齢が高いというだけで強いのです。

自分の当たり前を押し通すのは

傲慢に他なりません。

 

そういうことを幼い時から見て育ったので、

一人ひとり持っている文化や考えを尊重することが

人間関係を築く上で最も大事なことだ、と

わかってきました。

 

自分がおばあちゃんになって

うっかり、若い人たちに自分の当たり前を

押し付けることのないように、気を付けたいものです。

 

 

 

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」